【相続・生前対策】遺言の重要性と書かなかった失敗を事例をもとに司法書士が解説!

相続トラブル、いやトラブルと以前の問題として、ただ単に相続の面倒になってしまう理由の一つに、遺言書が無い事が理由であることが多いです。

弊所の個人的な感想では、横浜市内でも亡くなられた方で遺言を残されている方のイメージは、個人的な感覚では5%~10%くらいです。

実際に亡くなる人の何人に1名が遺言を残しているのか、などの公式のデータは見当たらない。このため大雑把な方法で下記のように推測をしてみます。

遺言は主に公正証書遺言と自筆証書遺言の2種類があります。

公正証書遺言については、必ず公証役場で公証人が関与して作成されるので、公証人連合会のデータを用います。

自筆証書遺言は必ず家庭裁判所での検認を経ない限り、不動産登記などには使えないため、概ね家庭裁判所の検認数と合致します。

遺言書はどれくらい書かれている?(統計)

令和元年のデータは下記の通りです。
1. 公正証書遺言の作成数 「11万3137件」 令和元年
   (*日本公証人連合会 ホームページより 日本公証人連合会 (koshonin.gr.jp)
2.自筆証書遺言の検認数  「1万8625件」 令和元年
      (*法務省 司法統計より)
それに対して、令和元年の死亡者数は137万6000人です。
(厚生労働省:人口動態統計の年間推計による)

死亡者数年間137万余りに対して、何らかの遺言を残した人は年間約13万人。

もちろん1の公正証書遺言については「作成」をした件数であり、実際にその年に亡くなった数とは異なります。

かなり大雑把な計算ですがが、概ね10%を切るくらいの割合であり、現場の肌感と相違がないことが推定されます。

これでも公正証書遺言の作成数は、平成24年では8万8000件程度とのことなので、だいぶ増加しているといえます。

(*ちなみに令和2年はコロナの影響もあるのだろうが、公正証書遺言の作成数は9万7700件と、10万件を切っています。)

公正証書遺言を作成する人が、この7年ほどで30%ほど作成件数が増加しているにもかかわらず、それでも遺言を残している人は未だ死亡する1割にも満たないのが現状です。

これには遺言という言葉に対するネガティブなイメージがあると思われます。

よく家族が遺言者に、または士業が相談客様に対して、「遺言を書いた方が良いのではないですか?」と言うと帰ってくる反応は、往々にして下記のようなものです。

「遺言書って相続税の対策だよね」「金持ちが書くものだよね」

中には

「俺を殺す気か」とか「私は死なない!」

などのお言葉をいただくこともあります。

対して、遺言を書く必要性を認識している人の遺言作成は驚くほどスムーズに進みます。

こうしたケースは
・家族以外(内縁の女性など)に遺贈したい
・どこかの団体などに寄付をしたい
・余命宣告を受けた
・近しい人(両親や配偶者)の相続争いになった
または、争いにならなくても面倒な思いをした
などの方々です。

弊所で遺言を作成したのも殆どがこうした方で、健康である日「遺言を書きたい」というような飛び込みの相談は殆どありません。

遺産が300万円でも3億円でも、適応される法律は同じ民法だし、手続きに差異はありません。

このくらいの相続額でも、せめて何かしらの遺言を書いておけば良かったのに、と思うケースは現場で大変に多く遭遇します。

【失敗事例】遺言を書いておけば…

先般、横浜市の病院で70代の男性Aさんが亡くなりました。

Aさんは妻を3年前に亡くしており、夫婦には子供はいませんでした。Aさんは妻を亡くした後は体調を崩しがちで、自宅と入院生活を繰り返すような生活だったようだ。自宅はURの賃貸住宅です。

Aさんが病院で亡くなった後、様々なところから未払金の請求が発生します。

病院からは未払いの入院費、自宅の介護用品のレンタル費用、ご遺体の保管を依頼され火葬を行わざるを得ない葬儀会社など、です。

各社が困り果て、弊所に話が来ることにとなったようです。

Aさんの生前を知る介護施設の関係者によると、Aさんと亡き妻は海が大好きで、生前は良く海を見に行っていたようです。

3年前に妻を亡くした際は、海にお骨を散骨する「海洋葬」にして弔ったそうです。

最期を看取った介護施設の関係者によれば、この男性の最後の願いは、妻と同じ海に散骨して欲しいというものでした。

Aさんの相続財産といえるのは、遺品の中にあった2行の銀行通帳を見る限り、すべてあわせても200万余りの銀行預金くらいです。

Aさん夫婦には子供もおらず、当然に両親も亡くなっていて。法定相続人としては第三順位にあたる兄弟姉妹になるが、兄弟姉妹がいるかどうか、病院や介護業者では把握できていないことが多くあります。

こうした方の場合、行政の福祉部門が対応にあたる事が多い。行政同士の繋がりや権限で、ある程度の戸籍の調査・収集ができ、兄弟姉妹の把握もできるからでしょう。

もう一つ問題となるのが、葬儀・葬費用の負担です。

生活保護を受給している方ならば、最低限の火葬の費用ならば、費用が最後に住んでいた市区町村が支出してくれることが大半だろう。これを「葬祭扶助」といい生活保護法第18条に定められています。

「生活保護法 第18条」

1 葬祭扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、左に掲げる事項の範囲内において行われる。
一 検案
二 死体の運搬
三 火葬又は埋葬
四 納骨その他葬祭のために必要なもの
2 左に掲げる場合において、その葬祭を行う者があるときは、その者に対して、前項各号の葬祭扶助を行うことができる。
一 被保護者が死亡した場合において、その者の葬祭を行う扶養義務者がないとき。
二 死者に対しその葬祭を行う扶養義務者がない場合において、その遺留した金品で、葬祭を行うに必要な費用を満たすことのできないとき。

当事務所のサポート

Aさんは僅かな年金で慎ましく暮らしており、生活保護受給者ではありません。

今回のAさんのように、僅かにでも死亡時に銀行預金があり、生活保護を受給していない場合、行政の方でも簡単に葬儀費用を出してくれないのが現状です。

かと言って、ご遺体をそのままにしておくわけにも行かないので、葬儀会社がとりあえず荼毘には付さざるを得ません。

概ね20万強の葬儀・火葬費用について、行政に尋ねると「九州に兄妹がいるようだ。後はこの人達と話して対応してくれ。この人たちから葬儀費用を出してもらってくれ」との話でした。

止む無く私の事務所の電話番号を伝えて貰い、先方からの連絡を待つことにします。

数日後、私の事務所のスタッフが、この兄妹と連絡を取ることができました。

結論からするとこのようなことです。

「亡くなった男性の存在は知っているが、これまで1回しか会ったことがない。

そもそも母親は確かに同じはずだが、父親が違うはずだ。

父親は誰だか分からないし、戸籍上の父親はいないはずだ。

亡くなった母親にも聞いたことがない。

亡くなった男性の預貯金なんか要らない。

だから、Aさんの預貯金を火葬や各支払いに充てるののは一向に構わない。

全部誰かがやってくれるなら多少の協力はしてもいいが、何かこちらが関わるのは一切ゴメンだ」との返答です。

そもそも「遺言書がない場合」、銀行預金を引き出すためには原則「相続人全員」の同意や委任が必要になります。

これがない場合、預貯金は引き出せないのが原則です。

令和元年7月1日からの民法改正で「遺産分割協議前の預貯金(いわゆる葬儀費用の仮払制度)」が始まりましたが、引き出せる額や割合が少ないため、あまり使われていないのが現状です。

この制度では「法定相続分」の3分の1が上限のため、そもそも遺産が少なく、相続人が多いケースでは極めて少額しか引き出せない。ちなみにAさんのケースだと、仮にこの制度を使ったとしても6~7万程度しか引き出すことができません。

当初の行政の話によると、「兄妹は九州に住む2名のみ」との話でした。

2名とも同じ九州のとある市内に住んでおり、いずれも銀行預金の解約などに協力はしてくれるといいいます。

本当にこの2名のみが兄妹ならば、「戸籍でこの2名のみしか兄妹がいないこと」を明らかにし、かつこの2名から「同意」や「委任」を頂ければ、預貯金をようやく解約することができます。

このような経緯で、行政の話を前提にして、この九州の兄妹から委任を貰い、Aさんの戸籍を遡ってみることになりました。

戸籍を調べてみると、確かに母方の兄妹は、行政が言うように九州の2名だけでした。

しかしさらに戸籍を注意深く読んでみると、この男性は小さい頃に、父親とおぼしき男性から「認知(にんち)」をされていたのです。

認知とは、嫡出でない子(婚姻中でない期間に生まれた子)について、その父又は母が血縁上の親子関係の存在を認める制度です。

法律上、当然には親子関係が認められない場合でも、認知をすることで親子関係を認める効果があります。母子関係は原則として分娩の事実によって当然に発生するので、基本的には男性が行うものです。

認知されることで、父親とAさんとの間に親子関係が生じます。これにより相続等で恩恵を受けるともできるが、今回はこれが却って障害となってしまったようです。

Aさんを認知した父親には他にも婚姻関係にある妻がおり、その間に少なくとも7人の子供がいることが判明しました。

これを図示すると下記のようになる。

(父が戸籍上婚姻している女性)

│―――昭和初期生まれの子が少なくとも7人(甥姪はさらに多い)

父親

│―――Aさん(幼少期に父親に認知を受ける)

母親

│―――九州の兄妹 2名

(母親と後に婚姻した別の男性)

認知されることで、父親とAさんとの間に親子関係が生じます。

これにより、父親とその妻の子供たちとAさんは、法律上「兄弟姉妹」関係になります。

この7名の兄弟姉妹はいずれも昭和初期の戦前生まれです。

年齢的に亡くなっている方もいることでしょう。

幼少期に亡くなった方はいなさそうなので、結婚して子供がいれば、その子どもたちも全員がAさんの相続人となる。こうなってしまうとAさんの法定相続人が何人いるかも分からず、その全ての戸籍や住所を調べ、かつ全員から、おそらく会ったこともないAさんの相続についての同意や委任を貰わない限り、Aさんの200万余りの預貯金は引き出すことができません。

これは現実的には、ほぼ不可能だろう。戸籍取得などにかかる膨大な手間暇や費用等を誰かが負担してくれれば可能かもしれないが、そのような人は現れるはずもありません。

つまり九州の兄妹2名は、「Aさんの預貯金も受領できず」かつ「未払い金などの費用等は請求される」立場になってしまう。

こうなってしまうと、九州の兄妹2名の取れる選択肢は1つだけだ。Aさんの相続について「相続放棄」を家庭裁判所に申述することだ。実際にそうした手続きを家庭裁判所で取ることになりました。

今回は「認知」だったが、これと同じケースに「養子縁組」がある。昭和初期などで子供が多かった時代には養子縁組も意外と多くみられます。養子縁組をしても「実親」との関係は切れないため、「実親の兄妹(の子孫)」が相続人にとなることもあり、同じようなケースになってしまう事があります。

行政の福祉部門に対して、Aさんの戸籍調査結果を伝えたが「そうなんですか?」程度の反応だった。無理はない。彼らは福祉の専門家であり、民法の親族法や戸籍の読み方まで精通している訳でない事が多いです。

また亡くなった方が生活保護を受給しておらず、かつ遺留金がある場合、葬祭費用を出すことに難色を示す市区町村も多い。生活保護を担当する部署では、亡くなった人に遺留金があれば、税金を使わずに遠縁の相続人に葬儀を負担させることも、彼らの仕事といえば仕事といえます。

生活保護法第18条では、対象はあくまで「生活保護の受給者」を想定します。今回のケースは、同条第2項第2号の「葬祭を行う扶養義務者がない場合」にあたるケースなのかもしれません。

そうするとAさんを認知をした父親の子供たちにあたる兄弟姉妹は、一応は3親等の扶養義務ではあります。けれども、そもそもAさんと生前に一度も会ったことすらない可能性が高いです。

ましてや彼らに連絡を取る人もいない、わざわざ手間や費用をかけて調べる人もいないし、教える人も誰もいない、という状態と考えられます。

今回のようなケースで、亡くなった方の銀行預貯金を誰もおろすことができないような場合は、行政が最低限の葬儀費用を負担しても然るべきであると思います。

こうした引き取り手のない遺骨について、正式なデータは持ち合わせていないが、新聞報道によると横浜市でも年間1000体以上、大阪市でも3000体ほど出ているといいます。

現状では病院や介護事業者、介護用品業者や葬儀費用などの各種の未払金は未払金のままです。各業者は泣き寝入りせざるを得ない。

一方でAさんの預貯金は銀行でそのまま眠ることになる。いわゆる休眠預金だ。こうした休眠預金といわれる預金は、日本全国年間で700億円ほど発生していると言われています。

いずれにしてもAさんが生前に周囲に伝えていた最後の願い、妻と同じ海に散骨して欲しいという願いは、儚い夢となってしまいました

Aさんの遺骨は、亡き妻と同じ海に散骨されることもなく、今も暗い保管庫に置かれたままになっています。

*遺言の作成については公正証書遺言を推奨しております。

日本公証人連合会 ホームページ 日本公証人連合会 (koshonin.gr.jp)

このページの執筆者 司法書士 近藤 崇

司法書士法人近藤事務所ウェブサイト:http://www.yokohama-isan.com/
孤独死110番:http://www.yokohama-isan.com/kodokushi

横浜市出身。私立麻布高校、横浜国立大学経営学部卒業。平成26年横浜市で司法書士事務所開設。平成30年に司法書士法人近藤事務所に法人化。

取扱い業務は相続全般、ベンチャー企業の商業登記法務など。相続分野では「孤独死」や「独居死」などで、空き家となってしまう不動産の取扱いが年々増加している事から「孤独死110番」を開設し、相談にあたっている。


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