むなしく宙に浮く、億単位の遺産…ある「ひきこもり死」の現場

 

内閣府は2019年に、いわゆる「ひきこもり」の方の推計数は61.3万人であることを発表した。満40歳から満64歳までのひきこもりの出現率は1.45%で、ひきこもり状態になってから7年以上経過した方が約5割を占めること。また引きこもりの期間は長期に及んでいる傾向が認めら、ひきこもり状態になった年齢が全年齢層に大きな偏りなく分布しているとのことだ。

 

引きこもりが社会問題になって久しいが、相続の分野でも、いわゆる「ひきこもりの死」に直面する機会がある。この数年は、年に何回かあるので、世間では珍しいことでもないのかもしれない。

 

今回は2022年に当職が直面し、なんともやるせない気になったケースについて、個人情報に改編したうえで記事にさせて頂きたい。ただ、今回のようなケースでは、あまり法律的な解決策などを提示する内容ではないので、この点はご容赦いただきたい。竹を割ったような解決策を期待される方は読み進めるのを控えて頂けたらと思う。

 

 

 

「ある引きこもり家庭でおきたこと」

 

神奈川県内の閑静な住宅街。一般的には高級住宅地と認識されている地域で、100坪程度の戸建てが軒を連ねている。新築の市場価格なら、1億を超える家も多いだろう。

 

家族構成は、かつて会社を経営していた80代の父と同い年の専業主婦の母、そして50代の息子が1人の3人家族。近隣の人の話では、50代の息子は一人息子で、20年以上前から引きこもりで、殆ど見かけることはなかったそうだ。

 

 

昨年に父親が死亡。そして今年に入り、母と一人息子が死亡しているのが見つかった。

人の出入りがなく、若干の異臭がするとの近隣から通報を受け、発見されたらしい。

かつて立派だったろう庭の木々も、梅雨や夏場を経て伸び放題、いまでは見る影もない。

 

警察から連絡を受けたのは、東北地方に住む母親の親族。親族とはいえ、生前は殆ど交流がなかったらしく、実際、神奈川県にくるのも数十年ぶりで、一人息子がまだ小学生だったころにあったきりだそうだ。亡くなった父親と母親は、一人息子の存在を近隣だけでなく親族に隠すようなことが多かったという。遺体は夏場ということもあり、損傷もひどかったようで、母と一人息子のどちらが先に死亡していたのか、一見では全く分からない状況だったそうだ。神奈川県の場合、事件性のない遺体の検死や解剖等の費用は、親族遺族が負担するため、3~40万程度の負担、合計で80万程度の負担をこの親族らは強いられることになる。

 

 

「カギとなる死亡の順番」

 

こうした事案を聞いて心が痛めない人はいないだろう。実際、ひきこもり支援につなげる仕組みがないがゆえに起きた事案であろうし、それは社会の制度の問題でもある。筆者も仕事柄、ケアマネジャーの方たちとお話する機会は少なくないが、多くの家庭の中に入り込まざるを得ないケアマネジャーの方で、ひきこもりなどの家庭を担当されている方は非常に多い。どうしたらこういう問題を未然に止められなかったのか、という点もあるのだろうが、その後の処理、つまり相続にも問題が発生してくる。

 

 

今回のケースで問題となってしまうのは相続の順番だ。

 

不動産登記簿によると昨年、父親が亡くなった際、豪邸である自宅の不動産登記は行われていない。それどころか、父親の銀行預金の通帳もそのままになっており、一切の手続きが行われていないとのことだ。不動産でも預貯金でも、大半の相続の手続きには、母親と一人息子の印鑑証明書が必須となる。実印登録をするには区役所など赴き、免許証などの身分証明書などの提示も必要なため、おそらくではあるが、諦めたのではないだろうか。

 

 

1 母親の死亡 → 一人息子の死亡 の場合

父親の相続財産も母親の相続財産も全て、一人息子が相続することになる。

息子は独身で、配偶者も子供もいないため法定相続人がいない(相続人不存在)

 

逆に

2 一人息子の死亡 → 母親の死亡 の場合

亡き父親の相続財産は最終的に母親が相続することになる。(登記は2回必要だが)

この場合、母親の相続財産は、母のきょうだいやその子供である甥姪が法定相続人となるため、母と一人息子の葬儀を行った母の親族が、めぐりめぐって相続人となる。

 

 

ただ状況を考えると、1の可能性が高いだろう。これは検死・解剖の結果を待つほかない。

 

数日後、検視の結果が出る。母親は「8月上旬死亡推定」、一人息子については「8月15日頃死亡」とのことだ。どう読み取っても母親の方が僅かに早く死亡と読み取れる。やはり前者の順であった。ちなみに一人息子の死亡原因は餓死と推定されるようだ。

 

結果、新築ならば1億程度の不動産、そして数千万円単位の預貯金については「相続人がいない」状態となった。

 

親族は相続財産をすぐに受領できないが、葬儀や検死の費用は立替ざるを得ない。基本的にどの市町村でも生活保護でなく残留金がある場合、市区町村が葬儀代を負担するようなことは有り得ない。市区町村としては遺体の火葬や遺骨の引き取りさえ親族の誰かがしてくれればいい、というスタンスだ。

 

 

 

「相続人でない親族の選択肢」

 

相続人が居ないからといって、亡くなった人の財産が自動的に国(国庫)に帰属することはなく、今回のような場合、相続財産管理人を選任を誰かが行うしかない。しかし、この手続きはとにかく時間と手間がかかる。

 

 

①相続財産の清算人の選任申立(民法952条1項)

※ 申立人は利害関係人(被相続人の債権者、特定遺贈を受けた者、特別縁故者など)または検察官

②相続財産管理人選任の公告(民法952条2項)

公告期間は2ヵ月。

③相続債権者及び受遺者に対する請求申出の公告(民法957条1項)

前記公告の官報掲載日から2ヵ月を経過しても相続人が現れない場合、相続財産管理人は、2ヵ月以上の期間を定めて、相続債権者及び受遺者に対する請求申出の公告をする。

④相続人捜索の公告(民法958条)

家庭裁判所は、6ヵ月以上の期間を定めて相続人の捜索の公告をおこなう。

⑤特別縁故者への財産分与の申立

財産分与を求める者から被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立をする。この申立は、上記相続人捜索の公告(民法958条)の期間満了の翌日から3ヵ月以内。

⑥家庭裁判所の審判

家庭裁判所が、特別縁故者の申立て内容などを総合的に勘案し、審判する。

 

上記でもわかる通り、官報の公告などの期間も含め、そもそも申立てから相続財産の帰属が決まるまでに、最低でも「1年半」程度の期間がかかる。また①の相続財産管理人選任の申立の際、裁判所が選任する相続財産管理人の費用を、申立人が予納する必要があり、この費用である50万~100万程度の金銭を立て替えなければならない点もネックだ。(被相続人に明らかに銀行預金などの預金がある場合、それを充当する旨の上申も可能なようだ)

 

今回のケースでは母親の親族と亡くなった方との間に、そもそもの交流や援助がほぼ無いため、⑤や⑥の特別縁故者として認められるのは相当にハードルが高いと思われる。申し立てたとしても、申し立ての費用と葬儀代程度が支払われるだけではないだろうか。

 

 

 

「親族の決断」

 

今回の親族の下した決断は次のようなものだ。

 

「後のことに関わりたくないしめんどうくさいから諦める。葬儀代も全て諦める。仕方ない。」

「市の健康福祉課の職員に聞いたけど、『私たちも財産のことは良く分からないし、よくわからないなら放っておけばいい。火葬と遺骨の引き取りだけやってくれれば市としてはいい』と言われた」とのことだ。

 

主がいなくなった家は半年が経過して、庭木などは伸び放題になっている。高級住宅街では明らかに異様なため、近隣住民からはいずれ苦情がでるのだろう。

 

自宅の不動産については、既に銀行ローンは返済されており、借り入れもない以上、金融機関が申立をすることもない。考えられるとすると、税滞納による行政による申し立てがありえるのだろうが、固定資産税も今は亡き父親の銀行口座から引き落としが続いている。亡き父親の預貯金も潤沢にあるため、暫くはこれもないだろう。そもそも誰が前記の①である相続財産管理人を申し立てるのだろうか。申立人は利害関係人(被相続人の債権者,特定遺贈を受けた者,特別縁故者など)などだが、一見するとこのような人たちは今回のケースでは存在しなさそうだ。

 

 

一見すると、誰も損も得もしていないようにも思える。強いていえば損をしたのは100万弱の葬儀代を負担した親族だろうか。しかし、高級住宅街にポツンと残された手入れのされていないかつての豪邸。その経緯は、近隣の方々は当然にご存じだ。近隣に住む方たちにすると、どうしても前向きにとらえることは難しいだろう。今後、空き家のままいつまで残るか分からず、防犯や火災などの不安が付きまとう。

 

解決策があったとするならば、一人息子が遺言を残すことだが、ひきこもりだった一人息子に遺言を残すような精神的な余裕があったとも思えず、これを求めるのはあまりに酷だ。

孤独死や子供いない方への解決策として、遺言の作成を勧める立場の筆者でも、このケースでは生前にお会いできたとしても遺言書の作成まで至ったとは到底思えない。

 

いわゆる政府調査で認定された引きこもりの数で61万人以上の方がおり、その全ての方の死とともに、いずれは民法上の相続が発生する。その財産は多い方、少ない方、様々だろう。しかし引きこもりの方は、引きこもれる家があることが前提で、それは親の持ち家であることも多いと推察される。この記事をご覧の方の近隣でも、こうした事案がいつ発生してもおかしくないのかもしれない。

 

 

 

このページの執筆者 司法書士 近藤 崇

司法書士法人近藤事務所ウェブサイト:http://www.yokohama-isan.com/
孤独死110番:http://www.yokohama-isan.com/kodokushi

横浜市出身。私立麻布高校、横浜国立大学経営学部卒業。平成26年横浜市で司法書士事務所開設。平成30年に司法書士法人近藤事務所に法人化。

取扱い業務は相続全般、ベンチャー企業の商業登記法務など。相続分野では「孤独死」や「独居死」などで、空き家となってしまう不動産の取扱いが年々増加している事から「孤独死110番」を開設し、相談にあたっている。


Page Top